PROFILE
こんにちは、絵と漫画と
母親やってます
多田玲子です
tadareiko.com
kiiiiiii.com
instagramは
@Tadarrrrrです
twitterも
@Tadarrrrrです
ARCHIVES
CATEGORIES
AVAILABLE
AVAILABLE


gm projects (通販)漫画だけでなく、トート、バッジなんでも揃います。うちより在庫豊富なことも。
CINRA STORE (通販)アボカド漫画やびんせんセットの他、アボちゃんのiPhoneケースが売ってます!
GARUDA COFFEE (通販&実店舗)美味しいコーヒー豆とともに、ガルーダコーヒー×アボちゃんの特製トートあります!(ついでに漫画も)実店舗は喫茶できます。おいでやす山科。
甘夏ハウス (実店舗)京都の浄土寺にある多田のアトリエ(倉庫)の1階で漫画はもちろんTシャツ、トート、シールなんでも売って〼。言ってくれれば何でも出てきます。

その他取り扱いは…
SUNNY BOY BOOKS(東京 学芸大前)
にじ画廊(東京 吉祥寺)
Violet & Claire(京都 出町柳)
Books Favulous(京都 烏丸)
かみをり(香川 高松)
FOLK old book store(大阪 北浜)
露草社(大阪 北浜)
tonico(長野 松本)
オヨヨ書林(石川 金沢)
ホホホ座(京都 浄土寺)
スタンダードブックス(大阪 心斎橋)
トロニカ(北海道 札幌)
茨城県近代美術館ミュージアムショップみえる(茨城 水戸)
ON READING(愛知 名古屋)
Lilmag(野中モモさん主宰のZINEネット本屋)
////////////
WALL(原宿店/福岡店)
青山ブックセンター(各店)
commune(東京 下北沢)
ブックスダンタリオン(大阪)
tobuhon(大阪)
ピナンスブックス(東京・奥沢)




LuncH TimeSに漫画「おまかせランチ!」連載中
・「週刊新潮」(新潮社)川上未映子さんのコラム
「オモロマンティック・ボム!」の挿絵
・「自転車日和」(辰巳出版)いしいしんじさんコラム
「自転車A面B面」挿絵
・終了!「すばる」(集英社)椎名誠さん小説
「かいじゅうたちがやってきた」挿絵
・終了!WEB まんが連載「あまからハイツのまほうのちゃぶだい」
<< 8/26から京都メリーゴーランドで「タココのハローダークネス」 | main | SUNNY BOY BOOKSでちっちゃいドローイング展「EVERYDAY」! >>
ちゃんとやれ、れいきん!

土星のろうそく日記をご覧みなさん、おひさしぶりです。多田です。玲子です。レイキンです。いつもこのシーズンオフの避暑地のホテルみたいな閑散としている日記を見にきてくれてありがとう!

前回の日記からまたまた!時間経ってるわにー。つーかその前の日記からもだいぶ…。

 

今年2017年は今日の今日迄、忙しかったネ〜!今迄の人生も忙しかったような気がしますが、今迄で一番の忙しさでした…儲けと比例しない忙しさ…!忙しいのは自慢じゃなくて怠慢と無能の証拠!と、このくらい自分を責めてるからサ、読んでるみんな、玲子を許してあげて!っていうか自分を責める必要なんかないよね!おのれのペースでやるんだ皆の衆!どうも毎度分裂気味失礼します。

 

でね、おのれのペース配分を少々間違えまして、2017年の私は、忙しいの字のごとく、心を失われておりました!イヤ〜まいったまいった。「日記は書いてなかったけど、元気でした!」じゃなくて、「日記も書いてないし、元気もありませんでした!」だね。やっべっぞ。でも一見フツウだったと思う。つーかフツウの人より元気に見えてたと思う。デフォルトがうるさいから。でもお疲れ感は出てたと思う。心が無でした。記憶があやしい。全体的に空洞でした。

 

そこにきて、先日、私のヒーロー、歌手の遠藤賢司さんが亡くなってしまったので、もうここ何日かは世界がストップモーションです。ご病気になられてるのは知ってたし、何しろ自分より30も年上だし、エンケンのうたでも「俺が死んだ時」って歌あるから、いつだって先回りで覚悟をしておいたけれど、それでもなかなか呑み込めない。大学の仕事から帰ったら、夫が「エンケンが…」って辛そうな顔をしてて、そっかあ、って言って、普通に夕飯作って、子供とたのしくお喋りとかして、でもお皿片付けたくらいでドッと突然涙が出て、次の日も「しょうがない、エンケンの歌をきいて、まっすぐ生きるんや」とか思って聞くと、もういちいちドッと泣くけど、その後普通にしようとして…変なテンションになってました。

 

たくさんの人がそうであったと思うけど、わたしはエンケンの歌があったから今日迄生きてくることができました。エイヤっと、壮絶なパワーで、人を立ち上がらせてくれる、生きる指針を指し示してくれる、生き辛さを取っぱらってくれる、純粋な音楽の姿に助けられながら生きてきました。

 

玲子がエンケンを初めて見たのは高1の冬でした。WOWOWでフォーク24時間SPっていう番組やってて、スナック菓子1ヶ月分と引き換えに友達のサヤに全時間をビデオテープ6本、3倍速で録画してもらったのです。甲斐バンドやチューリップや吉田拓郎などのメジャーなフォーク/ニューミュージック目当てで録画したそのビデオの中には、岡林信康、加川良、高田渡、ディラン供五つの赤い風船、ジャックス、休みの国…中津川フォークジャンボリーの当時の映像等、そこには玲子の知らない、マジの日本のフォークの世界が広がっておりました。

 

でもこの番組作った人が本当に偉かったのは、昔の映像だけでなく、その1992年のエンケン(当時45才)が、4畳半のアパートの一室でいろんなことをしゃべる「四畳半の若大将」なるコーナーを度々はさんでくれたこと、そして1970年代ではなく、エンケンの1992年のライブを放送してくれたことでした。

 

「不滅の男」や「踊ろよBaby」など今思えばド定番&超名曲が歌われ、かき鳴らされ、へぇ…かっこいいなあ!と思っていたその盛り上がりの延長上に、16才にとっては衝撃の「エンケンの猫踊り」が登場したのです。エンケンが机に乗っかって、所狭しと猫になってニャッニャッと手をクイクイしながら足を踏み鳴らし軽やかに踊る…、猫のなりきりぶりが本気すぎて、思わず笑わずにはいられない、だけど、どうしても目が離せない、なんだろうこれは?

 

更には、

「遠からん者は音にも聞け

近くばよって目にも見よ!

我こそは千代に八千代に 我が代の男

姓は遠藤名は賢司… 人呼んで天下御免の純音楽家 

エンケン なるぞ!」

と口上まで飛び出してきました。その時には多分「口上」と言う言葉もしらなかったはずです。猫踊りに続いて、混乱しつつも心は強く惹かれます。そんな色々大暴れでこちらの心が千々に乱れたそのあと、静かに「夢よ叫べ」が始まりました。

 

夢が何なのかもまだ設定できてないし、挫折もなにもありゃしない、夢ばっかりの16才にも、「お前が居なけりゃ、あの夢は、二度とはまたたかぬ」と歌われて、心がせつなくなる。もしかしたらいつか、私も夢をあきらめて「まるで、この世の、なにかもいやになっちまったのかい?」と友人にガッカリ思われる人間になるのかもしれない。そして「そんな夢に、負けるな友よ、夢よ叫べ」と思われてしまうのかもしれない、そうならないようにしたい…そんなことを考えながら、エンケンの存在にビリビリしびれてしまったのです。

 

今思えば、エンケンのベストな状態(時間に制限があるような、出演者多数の、緊張を強いられるアウェイなライブじゃなく、気負わずかつ気合いの入った、あるがままのエンケンのライブ)を映像におさめて放送してくれてたのはすごく貴重だったんだなあと思います。さっきも書いたけどあのWOWOWの番組作ってくれた人ありがとうだし、録画してくれた友達のサヤ、ほんとにありがとう。

 

さっそくわたしは最寄りの中古CD屋であるディスクユニオン聖蹟桜ヶ丘店で、エンケンのCDを買い集めました。昔のエンケンのCDもよかったけど、私は新しければ新しいほど良いなあ、たまらんなあと思いました。そしてまわりの友人にアルバム「東京ワッショイ」を貸して聞かせるのですが、概ねみんなに不評でした。しょうがありません、世の中はT-BOLANやB’Zがヒットチャートをにぎわし,森高千里が「わたしがオバさんになっても」を歌ってる時代です。ですがUNICORNが好きなユキちゃんには「エンケンいいじゃん」と言って頂き、WOWOWのライブを見た翌年、吉祥寺のマンダラ2にて、初めてエンケンのライブに行く事になりました。「ひとりぼっちの純音楽〜おいしいコロッケたべたいな」と言うタイトルでした。コロッケ付き、と書いてあり、心が躍ります。ライブにコロッケついてるなんて初めてだよ。

 

マンダラ2はテーブルと椅子がありました。それ迄わたしはTheピーズとかカステラとか真心とかTHE BOOMとか、クラブチッタ川崎や日比谷の野音や下北沢屋根裏、大学の学園祭など、着席するわけがないライブしか行ってないので、テーブル席、どうやって座って良いのかわからない…知らん人と相席…するのだろうか、でもできたら近くでガン見したい!と思い、お酒を飲む大人たちをかき分け、最前列のアンプのすぐ後ろで体育座りをして見たのです。

 

遮るもの何もない状態で見た本物のエンケンライブは、テレビで見るより(テレビのライブだってすっごくよかったのに)何百倍もしびれました。エンケンの曲はギターがギャンギャンジャカジャカ鳴る、おたけびのような激しい曲と、すごく優しい乳白色のなめらかなささやきみたいな曲と、幅があります。「東京ワッショイ」や「満足できるかな」のようなお客も騒ぐ、ぶっ飛ばしな曲も最高ですが、「ボイジャーくん」という静かな歌を聴いた時に、吉祥寺の狭いライブハウスは、やさしいやさしい孤独な宇宙に変わりました。小5の林間学校で見た満天の星よりももっとたくさんの星の光が自分のまわりに見えました。

 

ライブをみながら食べるコロッケ、美味しかったなあ。代表曲「カレーライス」で知られるように、エンケンの歌は食べ物との親和性が非常に高いのです。エンケンが昔渋谷で「ワルツ」というカレーライス屋さんをしていて「ピラミッドカレー」=「東京ワッショイ」のジャケに載ってるあのカレー!を出してたと何かで読んだ時には、心の底からタイムマシンで昔に戻ってワルツ行きたい、ピラミッドカレー食べたい…と歯ぎしりしました。そののち、ピラミッドカレーが食べられるライブがあったので「どうしよう、夢叶っちゃう!」くらいのドキドキで行きましたが、サンカクご飯のついた、普通の家っぽいカレーでした。

 

その後も、クリスマスディナー付き、年越しそば付き、ラーメンライス付き、餅付き…色んな食べ物をくっつけたライブを企画するそのサービス精神と企画名のワクワク感もエンケンをますます好きにしてくれました(でもどれも別に実際食べるとそんなうまいものでもないけど、食べ逃すと残念な気持ちがするので、かならず行きたくなってしまう)

 

エンケンはある時のライブのMCで、当時出てきたばかりの華原朋美について話していたことがありました。「歌いながら、手が、ふわっと浮いて、こう、ゆらゆらしちゃう、あの気持ち、わかるしすごくいいよね、すごく一生懸命なんだろうね。一生懸命っていうのは可愛らしいし、本当にいいものは可愛らしくて、なんかふっと笑えちゃうこともあるんだ、だから僕もそうありたいとおもいます」何しろ昔の話なので記憶がざっくりですが、そのようなことを話していました。

 

そうか、猫踊りを見て感じたあの気持ちは「一生懸命で可愛くって笑ってしまう本当にいいもの」だったのか。

エンケンはライブのMCで「最近いいなあと思ってる物」について話してくれるのですが、それらはすべて、一生懸命でひたむきな愛すべきものだったように思います。エンケンのMCはいつも泣いて笑えてド本気で、可愛らしかったです。聞き逃せない、今度はどんな話をするのか、それでやっぱりまた次も見に行きたくなってしまう。そんなこんなで人生で初めてのファンクラブ入会、遠賢保存会に入会し、スタンプカード(ライブに行くと1コ押してくれる)を続々貯めて、特典の手描きTシャツもらったり、サインいりブルースハープをもらったりしました。Kiiiiiiiを始めてからも観に行っていましたが、どんどんバンドも仕事も忙しくなり、結婚して子供が産まれた2009年からは、ライブへの足が遠のいてしまいました。

 

 

私は人生の中で二度ほどエンケンとお話をしたことがあります。

一回目は高校3年のとき、エンケンのデビュー25周年を記念した「大博覧会」が渋谷のART WAD’Sというギャラリーで行われた時でした。受験勉強中なのに予備校をさぼって学校帰りに制服のまま、2時間くらい展示をガン見していたのです。ART WAD’S狭いので会場を50周くらいしました。

 

さすがに2時間いたら一見の客じゃないことがわかったのか、ギャラリーに居た知的で美人なお姉さんが話かけてくれて、「あとちょっとでエンケンさんがスタジオ終わって帰ってくるから、もう少し待ってなさいよ」と言ってくれました。え!何話していいかわかんねー!と思いつつ、ここで帰るのも野暮よね、とおもってドキドキしながら待っていると、ギターを背負って、手にマクドの紙袋をもった、ステージで見るよりもスラーッとした、Tシャツ姿の普通のエンケンが入ってきました!

 

お姉さんが「この高校生、一昨年のWOWOW見てからエンケンさんファンになって、ライブ来てくれてるそうよ」と紹介してくれるとエンケンは「おお〜うれしいな!テレビは大変だけど、出て良かったなあ。まあまあポテトたくさんあるから食べなよ」と言いながら、ざらざらっと机にポテトのLサイズを広げてくれました。

 

「将来なにになりたいの?」

「映画が好きなので映画を作りたいです」

「そうなの!いいねえ、じゃあ伊丹万作の『赤西蠣太』は必ず見た方がいいよ!あと『人情紙風船』もね。昔の日本映画はほんっとに傑作が、たっくさんあるんだよ…」

と、ライブのMCと同じ調子で、一生懸命、まだまだ子供の私にむかって話してくれました。

ギャラリーのお姉さんが、展示品のフリンジのついたジャケットを指さして

「この子、このジャケットとお揃いが欲しくて、アメ横まで買いに行ったんだって」とエンケンに話してくれて、結果的に私はエンケンと、そのフリンジジャケットを制服の上にきて、さらにギターと帽子までつけられて、ポラロイド写真を撮ってもらったのでした。

 

それがこれである。

 

 

私の緊張してる顔が、25年経った今でも恥ずかしいなんて自意識過剰!でも自慢したいので顔にスタンプ(手製)乗せて見せますね。すいません、This is JUST 自慢です。でも宝物です。

 

携帯電話もデジカメも無い時代。出てきたポラを見て、エンケンも「俺の方がファンみたいになっちゃってるな…」とつぶやいておられました。25周年猫シールやカセットなどグッズをホクホク買って帰ろうとしたら,お金が500円足りなくて、何を削ろう…う〜んと悩んでたら、お姉さんが「明日はPANTAさんとライブあるから、明日も来たら?その時500円持って来てくれたら良いよ」と言ってくれました。なんて優しいお姉さん…必ず返します、信用してください…ちなみに、お姉さんはそののち、エンケンの奥様の関端ひかるさんだということが判明しました。

 

翌日はお金を返しに渋谷に行きましたが、ライブは見ませんでした。なぜなら、今やるべきことをする、つまりさぼったりしないで一生懸命勉強するのが、エンケンのファンとして筋が通ってる気がしたのです。(心のどこかでは、2連チャンでさぼる度胸が無いだけだったような気もします。)

 

2回目に話したのは多摩美に入ってからでした。

大学入ってからはエンケン友達に恵まれました。予備校一緒で造形大に行ったナオちゃんと、日芸のナカムラアヤと、ムサビの山ちゃんなどに引き会わされて(「わたしのともだちにもエンケン好きな人いるよ!」と言われて会わされる)「五美大純音楽研究会」というものを作っていました。確か一回だけ新聞だしたな…。五美純のみんな元気かな…。みんなでワイワイとライブを見たり、お花見したり、誰かの家に集まったりしたなあ…。今の今までそのすべて忘れていたよ…。

 

とそれはさておき。

大学に入れた事を、エンケンに報告しよう!となぜかピュアーに思ってしまって、その日初めてライブのあと、ライブハウス(どこだったか失念)の外でエンケンを待ちました。私の他にも何人かの人が出待ちをしていました。

そして足早に出てきたエンケンに「あのーすいません!博覧会の時にポテト食べさせてもらった元高校生です!」と声をかけました。するとエンケンは「おー!あのフリンジジャケットの!久しぶり!」と覚えててくれました。

そして

「やっと大学に入れました。でも映像じゃなくて彫刻学科なんです」

「そうか!よかったね。彫刻やりたいの?」

「うーん…はい…」

「それなら彫刻もいいよね。じゃあ史上最長寿のロックンローラーの銅像、いつか作ったらいいよ」

「はい、そうします」

「うん、頑張れよ!」

そんなやりとりをしました。相変わらず緊張して面白い話をこちらからはなにもできませんでした。私が話した後,他のファンの人たちも声をかけて、エンケンはなかなか帰れなさそうでした。人気者、大変だ、話せて嬉しかったけど、時間を取らせてしまって申し訳ない気持ち…。次にエンケンに声をかけるときには、ファンとしてじゃなくて、エンケンとお仕事をいっしょにできるようになった時にしよう、とその時思いました。

 

それにしても!

「頑張れよなんて言うんじゃないよ〜!」と歌うエンケンに「頑張れよ」と言われてしまった!

でもこれはとても嬉しい事なのです。

 

エンケンはライブのMCで何度かこの話をしていました。

「『不滅の男』の中で「頑張れよなんて言うんじゃないよ」って歌ってるから街でファンの人に声かけられて「エンケンさん、応援してます〜頑張ってください〜、あ、しまった頑張ってって言っちゃった!スイマセン!」みたいになることがあるけど、そんなことないんだよ。俺はがんばれって言われると嬉しいんだよ」

誰もに「頑張れ」って言われるのが嫌な訳ではなく、純粋な所から外れても売れるように努力しろよ的に上から目線でお前も頑張れと言われるのが嫌なだけで、日本語で応援してる気持ちを言葉にしたら「頑張れ」になるんだから嬉しいよ、というような話でした。(ざっくり、私の記憶の意訳です)

 

私はエンケンから応援してもらったんだ。

でも大学入りたてのこの時点ですでに、私は塑像とか金属や木彫石彫なんかのTHE彫刻をやりたい訳じゃない=純彫刻家になりたいんじゃないと思ってたけど、短い時間ではそこ迄エンケンに話せなかったので、頑張れよに対してうなづいて、嬉しかったものの、複雑な気持ちでした。

 

エンケンが純音楽家であるように私も純粋に物を作って行って純何かになりたい…でもイマイチまだよくわかってない…。ちなみに40才になった今は、「絵を描く&話を書く」が仕事だと思っているけれど、純イラストレーターでもないし、純画家でもないし、ましてや純漫画家でもない!ドラムばっかりの時代もあった。純というよりは、幕の内弁当みたいな生き方。でもその時その時で真っ正面から魂燃やして生きてるつもりです。人間いろいろ。純多田ちゃん。純幕の内弁当。でも今年は本当に心と身体、リズム合ってなかったね。

 

エンケンのライブを都度見ては、心を入れ替えるのに、また怠けて、アカーンって頑張って、またライブ行って、しまった自分のバカ!って、また頑張って、でもまたゴロゴロして、その繰り返しで25年、今日迄来ました。「嘘の数だけ命を燃やせ」「いくつになっても甘かねェ!」「ド・素人はスッコンデロォ!」曲のタイトル並べてるだけでも、すんごい形相のエンケンが目に浮かんで背筋が伸びる、そして笑ってしまう。

最後にライブを見たのは2015年の9月、京都の拾得でエンケンのソロでした。子育ても落ち着いてきたし、これからは前もって計画してればいつでも見れる!次はいつ関西でやるのかにゃあと思っていたら、癌が公表されました。

 

エンケンと仕事したい、と言う夢を叶えられなかったのは私の怠慢だな。もっともっと命を燃やして、加速して純粋に自分を生きることをしてたらもうすこし会えていたかもしれない。そう思ってももう遅い。

だけど、エンケンの曲を思っただけで、脳内で再生されるだけで、エンケンの魂が、ボッと胸の奥で焚き火みたいに燃えるのを感じます。でも、ライブにしか存在しなかったあの、宇宙のかけらがとんできて、こっちがポカーンとするような、すんごいエネルギー、あれ無しで、この先ちゃんと生きて行けるか不安です。

気力も体力も落ちてます。頑張りたいし、頑張ってるし、頑張ります、って思っても、まだ悲しくってぎこちないし、今年の頑張り過ぎのせいで向こう1ヶ月はクラゲのように生きたいところです。たっぷり休んだらまた、もっともっと純粋な自分を目指して、エンケンに負けないくらい(ハードル高い)純粋に物を作ります。もう昔のように無邪気に夢を見られない年頃になってる自分に喝だな。恐れを知らない16才の心にいつでも会えるように、踊ろよベイビー。

エンケンのいる時代に生きて、たくさん魂を分けてもらうことができて私は幸せです。エンケン、ありがとうございました。一点の曇りも無く、心の底からだいすきです。またいつか会いましょう。ワッショイ!

 

ふー。書きたかったので、どんどん書いてしまいました。

書かなければ前に進めない気がしてたので、書けてよかったです。よかったね、多田ちゃん。

そしてここまでおつきあいいただきましたみなさま、ほんとうにつきあいが良いネ…!ありがとうございました。みなさんも何か物思うことあったら書いてください。しっかと読みますから。

 

_________________

<便利な時代のオススメ動画>

 

カレーライス

https://youtu.be/IfbgJ6p_wkM

 

不滅の男

https://youtu.be/UZ7hv_bFB98

 

夢よ叫べ

https://youtu.be/0IUymAArT14

 

「カレーライス」や「44年目のカレーライス」も大好きですが、この昔の映画のような明るさ、笑いながら泣けちゃう「ラーメンライスで乾杯」大好きです。映像ないけど。ご飯とラーメンの写真だけど。

https://youtu.be/ZZPzd4arFLw

 

このエンケンと友部さんの「一本道」いいなあ

https://youtu.be/AMXzckKC5Ec

 

東京ワッショイ。なぎら健壱が司会。

https://youtu.be/-t4gPTpkNww

 

追記)

エンケンが亡くなった翌日、いしいしんじさんに会いました。エンケンの訃報が流れる前に、しんじさんちのベランダにとんでもない数の猫が現れてニャゴニャゴしてたそうで「ほんで、ニュース見たらエンケンさん亡くなったて言うやんか、そりゃ世界中の猫が騒いで、みんなに教えるわな」とのこと。そういうしんじさんの顔にはすこしエンケンの気配があるように見えましたた。そういうと「エンケンさんの魂は今爆発して宇宙になっていろんなところに波動がとんでるからな。すごいスピードでどこまでも」と言っていた。もしかしたら私の顔も少しエンケンの顔になっているような気がした。エンケンはもっと広く、たくさんの、エンケンになったのかもしれない。

 

そのあと私とナツオが先斗町で「百練」というお店を探して迷ってたら、猫の親子が出てきたので、「あ、ニャンコ!まてまて〜」とゆっくり追いかけたら、猫が入った店が「百練」でした。その猫たちもまた、みんなみんな、エンケンの一部なのかもしれニャイ。

| ニッキ | 12:09 | - | - |